「新日本歩く道紀行100選シリーズ」を通年で歩く人たちのクラブ「歩きんぐくらぶ」



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高野山町石道

弘法大師が高野山を開創する際、木の卒塔婆を建て開いた高野山参拝の表参道。鎌倉時代、覚きょう上人の発願により20年の歳月をかけ朽ち果てた木の卒塔婆から高さ3mの五輪卒塔婆形をした石造りの「町石」に置き換えられました。町石は、約109m(1町)毎に建てられ、梵宇が彫られ、参拝者は、町石1本1本に祈りを捧げながら、厳しい道を辿ったと謂われています。壇上伽藍根本大塔を基点に、九度山町慈尊院へ180基(両界曼茶羅の胎蔵界を表す)、奥之院御廟へ36基(両界曼荼羅の金剛界を表す)で建てられています。
番号:130004
◆コースの概要/距離:24.3km、所要時間:450分、高低差:721m 
◆コースの起点/地名:九度山駅、最寄駅:南海高野線 九度山駅、最寄のバス停:-、最寄からの距離:0km 
◆コースの終点/地名:奥之院御廟、最寄駅:-、最寄のバス停:南海りんかんバス奥之院線 奥の院前、最寄からの距離:1km 
◆コースの環境・設備/トイレ:有、休憩所:有、水・食料:有、ガイド等:有、看板・標識:有、安全対策:有、近隣の宿泊:有
◆推奨季節/春・夏・秋・冬 
◆その他/- 
◆コースに関する問い合わせ先/高野町まち未来課、電話番号:0736-56-3000


googleマップ


起点 南海高野線 九度山駅
九度山の地名は、弘法大師空海が母公が住まわれていた慈尊院を、「月に九度」、訪ねられたことに由来すると謂われている。
0.5km (8分)
1 まちなか休憩所
古民家を再利用したまちなかの休憩所。併設している真田いこい茶屋では、九度山限定の土産品や軽食なども取り扱っている。
0.1km (2分)
2 旧萱野家大石順教尼記念館
江戸時代中期に高野山償蔵院の里坊(不動院)として建立され、県内で現存する数少ない「高野山里坊」である。門・主屋・倉の3棟は町指定文化財。また、屏風や像などの貴重な寺宝や、しばしば滞在された大石順教尼の遺墨作品が保存・公開されている。
0.4km (5分)
3 真田庵
天下分け目の関ケ原の戦いのあと、真田昌幸・幸村父子が閑居した屋敷跡に建つ寺院。幸村の旗印である六文銭の紋が刻まれた門をくぐると、珍しい複合建築の本堂、宝物資料館、昌幸の墓、与謝蕪村の句碑などがある。

0.2km (2分)
4 松山常次郎記念館
郷土が生んだ政治家・松山常次郎氏に関する資料や遺品を展示。また、常次郎氏の長女が日本圃家・平山郁夫氏の夫人という縁から、平山氏の絵渕も展示。

0.5km (8分)
5 道の駅 「柿の郷くどやま」
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」と九度山町の魅力を提供する観光拠点。施設内には、世界遺産情報センターや体験研修施設、農産物直売所、特産品の富有柿を使った創作パンを販売するベーカリーカフエなどがある。
0.5km (8分)
6 慈尊院
高野山が年貢の徴収や外交などの庶務を司る場として山醜においた寺務所で、高野政所ともいわれた。弘法大師空海の母公が晩年移り住み、没後その廟所として弥勒堂が建立されたことから、女人禁制の高野に対し「女人高野」と呼ばれるようになり女性の参拝客も多い。
0.1km (2分)
7 丹生官省符神社
慈尊院から119段の石段をのぼった高台にある。弘法大師空海が慈尊院創建の際に、その鎮守社として丹生都比売・高野御子の二神を祀った神社。社殿3棟は一間社春日造・桧皮葺、極彩色が施され重要文化財に指定されている。

0.3km (5分)
8 勝利寺
弘法大師厄除観音を祀る寺院。高野表参道の玄関ロで、昔はたくさんの貴族、武士、庶民の宿泊者や参詣者でにぎわったと伝えられる。現在では、スポーツや勝負ごとに勝つことを祈願する寺院として親しまれている。
0.1km (1分)
9 紀州高野紙伝承体験資料館 紙遊苑
弘法大師空海に教えられたと伝えられる手漉き和紙・高野紙(古沢紙)の伝統文化と技術を伝える資料館。紙漉き体験ができるほか、紙漉きの様子を見せるジオラマや和凧など様々な和紙工芸品が展示されている。
1.2km (30分)
10 展望台
高野山町石道の163町石付近は見事な景色が眼下に広がり、町石道を代表する景勝地である。展望台からは蛇行する紀の川と両岸の街並みが一望でき、その絶景は和歌山県の「朝日・夕日100選」にも選ばれている。
3.1km (60分)
11 六本杉峠
この六本杉峠の名称は古くから遺っているらしいが、六本だけ杉があったのではなく、ここに大杉の見事な並木が続いていたといわれている。神域丹生都比売神社へも通じる道として日常の利用者が多かったとされている。
1.3km (20分)
12 丹生都比売神社
天照大御神の妹神である丹生都比売大神(丹生明神)をまつる。その神領である高野山を弘法大師空海は借り受けて真言密教の総本山を開いたとされ、高野山とのかかわりが深い。境内は国の史跡に登録されており、室町時代に建てられた本殿、楼門は国の重要文化財。平成16年に世界遺産登録。
0.7km (13分)
13 八町坂
丹生都比売神社と高野山町石道を結ぶ参詣道。町石道との合流地点には拝社の遥拝のための二つ鳥居が建てられている。
0.7km (13分)
14 ニツ鳥居
弘法大師空海が建てたといわれる鳥居。江戸時代初期に現在の石造りに改められた。昔から高野山への参詣者はここから丹生都比売神社へ参拝した。近くの展望台からは「ふるさとといきものの里」、「日本の里100選」に選ばれた天野の里を見渡せる。
0.8km (15分)
15 神田地蔵堂
平安、鎌倉時代より昭和初期まで、高野山参詣の人々の休憩所として湯茶の接待をしていた。お堂には弘法大師、子安地蔵、応其上人も安置されている。横笛が高野山で修行をした滝口入道を待った所と伝えられている。
5.6km (95分)
16 六地蔵
矢立の集落のはずれに位置する。六地蔵裏の自然林は、標高500m近くの高地にありながらタブやアカガシなど南方系の常緑広葉樹が生息する珍しい森で、和歌山県版「レッドデータブック」において「矢立の墓地林」として登録されている。かつてここでは風葬が行われていたと謂われる。
0.6km (10分)
17 袈裟掛け石
弘法大師空海が休憩の際着ていた袈裟をかけたことからこの名がついたと謂われる。石の下には穴があり、この穴を潜りぬけると「長生き」すると謂われている。潜り石の別名もある。この石は高野山の清浄結界でもある。
0.2km (5分)
18 押し上げ石
かつて弘法大師の母公が結界を越え高野山に立ち入ろうとした時、山が怒り火の雨を降らせた。弘法大師は母親を守るためこの石を押し上げ、石の下に母親をかくまったと謂われている。今でも、石に弘法大師の手形が残っている。
2.9km (50分)
19 鏡石
27町近くの山肌にある平らな石。まるで鏡のようであることからこの名がついた。この石の角に座り真言を唱えると必ず成就すると謂われている。
2.1km (50分)
20 大門
高野山真言宗一山の総門。西方(弘法大師空海の生誕地四国善通寺、真言密教を学んだ中国唐の都、仏教発祥の地インド、仏様の国西方浄土)にむけた門戸を開いていると謂われる。夕日が素晴らしい。
0.7km (10分)
21 檀上伽藍
弘法大師空海が高野山開創の折、まず堂塔の建設を行った聖地。根本大塔はその中心。高野山町石道の基点でもある。
0.4km (10分)
22 金剛峯寺
豊臣秀吉が母公の菩提を弔うため建てさせた剃髪寺(青厳寺)と興山寺を、明治2年に合併し、現在の金剛峯寺となった。高野山真言宗末寺3600寺の総本山。
3km (45分)
終点 奥之院弘法大師御廟
大師信仰の中心聖地。弘法大師空海は今もこの御廟の岩窟で「人の幸せ」や「世界平和」を祈り続ける禅定に入られている。