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歴史の道 萩往還
参勤交代路として拓かれた総距離約53km で、現在の山口県萩市の唐樋札場を起点に山口市、防府市の三田尻までを結んでいます。山陰と山陽を結ぶ「陰陽連絡道」です。幕末には維新の志士たちが往来ました。「萩往還」は、毛利氏がいち早く江戸へ向かうために防長を最短距離で結んでおり、いわば江戸時代の高速道路です。長年の風雪に耐えてきた石畳や道標、一里塚、休憩所として使われた茶屋跡、往時の景観を留めた街並みなども残り、古き街道の姿を想像し、ここを往来した先人たちに思いを馳せましょう。
番号:135024

◆コースの概要/距離:53km、所要時間:900分、高低差:537m
◆コースの起点/地名:萩唐樋札場跡、最寄駅:-、最寄のバス停:萩バスセンター、最寄からの距離:0.1km
◆コースの終点/地名:防府三田尻英雲荘、最寄駅:-、最寄のバス停:防府バス 自力東町、最寄からの距離:0.2km
◆コースの環境・設備/トイレ:有、休憩所:有、水・食料:有、ガイド等:有、看板・標識:有、安全対策:有、近隣の宿泊:有
◆推奨季節/春・夏・秋
◆その他/-
◆コースに関する問い合わせ先/萩市総合政策部企画政策課・山口市観光課、電話番号:0838-25-3569
起点 唐樋札場跡
藩府・萩と防府三田尻を結ぶ萩往還の起点となる場所です。

1.5km (20分)
1 金谷神社・大木戸跡
鎌倉時代の長門守護職佐々木四郎高綱が太宰府より勧請したといわれ、享保5年(1720年)に現在地に再興された。また、ここは城下町の表玄関ともいえる大木戸のあったところ。番所には常時番人をおき日没には治安維持のため城下への出入りは差し止められていた。

4km (60分)
2 涙松跡
萩を出る人にとって、萩城下が見える最後の場所であり、萩に無事帰った人には城下が最初に見える場所であった。1859年5月25日吉田松陰先生は涙松と呼ばれる道松の下に駕龍を止められ、萩の城下に最後の別れをされた。

1km (72分)
3 悴(かせが)坂一里塚
織田信長は天下統一にあたり荒廃した道路の改良、道の全国的な統合、関所を廃止して自由な通行の現実と、一里塚の制度を定めた。一般的には生木であったが萩藩では塚木を用いていた。

-km (-分)
4 松陰記念館
吉田松陰先生に関する資料館。その前には群像がある。日本の夜明けを指差しているのが松陰。その両脇が高杉晋作と久坂玄瑞。

-km (-分)
5 乳母の茶屋
憩所。お茶屋の跡地で、毛利公の乳母をした人が毛利公から茶屋を下賜されたとの言い伝えが残っている。

4km (60分)
6 明木市
明木宿とも呼ばれ御客屋もあった。赤間街道との分岐点でもあり当時の賑わいが感じられる。

1.5km (48分)
7 一升谷の石畳
延長45m。1.2m~1.5m幅の石畳が当時のまま残されている。萩往還の最大のポイント。

5.5km (78分)
8 落合の石橋
国登録の文化財、山口県特有の刎石式の石橋。

2km (42分)
9 佐々並市
木市とほぼ同規模、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

7km (120分)
10 国境の碑
周防と長門の国境を示した碑。現在は萩市と山口市の境となっている。イ寸近には銀山があり当時は世界遺産である石見銀山とまではいかないが大層な賑わいがあった。

2km (30分)
11 六軒茶屋跡
萩往還最大の難所である四十二の曲がりを迎える、または越えるために六軒の茶屋があり、殿様も休憩された建造物が再現されている。

0.5km (6分)
12 四十二の曲がり
六軒茶屋を下ると萩往還の最大の難所といわれる一の坂四十二の曲がりを体感できる。

22.5km (264分)
13 勝坂砲台跡
1862年萩藩主毛利敬親が萩から山口へ移鎮すると、山口防護のため主要街道にあたる勝坂に関門を設置した。現在はその石垣が残されている。

-km (-分)
14 防府天満宮
学問の神様としてあがめられている菅原道真を祀った「日本最初の天満宮」で、京都の北野天満宮,福岡の太宰府天満宮とともに日本の三天神といわれている。

3km (120分)
15 防府英雲荘
萩往還の終点防府天満宮を中心に賑わった宮市を通り過ぎ迎賓館とも言われる御茶屋英雲荘が終点です。

-km (-分)
終点 三田尻御舟倉跡
萩藩の水軍の根拠地。藩主が乗る御座船など多数の船舶が停泊し、周辺には船の建造・修理の施設、船に乗る御船手組など関係者の居住地もあった。現在も付近には御舟倉に由来する地名が残る。国指定史跡。